地域おこし協力隊を卒業しました!3年間の振り返りと今後のご報告!

こんにちは、モーリーです。

新宮市熊野川町に移住してもうすぐ4年。

途中からお声がけいただいて協力隊に就任し、2年8ヶ月の月日が流れました。

そして今日が協力隊として最後の日となりました。感無量というか、あっけないなぁというか…。

今日はこの、協力隊として活動させていただいた感想とか、後悔とか、いろいろ書いてみたいと思います。

あ〜もうこのブログも、誰にも気を使わずに書いていいんだー!笑 ウッヒャッヒャ。

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協力隊制度で取り組んだ活動

2年8ヶ月の間にいろんなことにチャレンジすることができました。

それもこれも担当職員さんに恵まれ、とても柔軟に対応していただいたおかげだと思っております。

僕のわがままをかなり大目に見てくださり本当にありがとうございました。

この協力隊期間で取り組んだ活動は主に以下の4つでした。

  • 町内の空き家調査
  • 熊野川町移住促進サイトの作成(クオリティ低いのでリンク貼りません)
  • ゲストハウスikkyu立ち上げ
  • コンポストトイレ販売事業

このほかにもオフグリッドWSで県外へ行く活動も「熊野川町のPR活動の一環」として認めてもらっていました。いやー本当にありがたかった!

振り返るとこの約3年間でのんびりできたのは最初の方だけで、あとはずーっとバタバタしておりました。

月15万円もらえるならゆったり自給ライフ送れるじゃねぇか!という甘い考えはすぐに打ち砕かれました(笑)

貧乏暇なし。意外と金かかるぜ、田舎の暮らし!

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僕の活動は地域おこしだったのか

僕の活動を見て「森くんは立派に地域おこししてるねぇ」なんて言ってくれる人は100人に一人くらいだろう。

僕自身、地域おこしなんて1ミリも興味なかったし地域おこししてるつもりもなかった。

だから「お前は税金をもらって自分の好きなことしやる」と言われたところで「はいおっしゃる通りです」と答えるしかない。正解!

まあここで自分を正当化するつもりもないので、言い訳のように聞こえるかもしれないけれど、

たとえばこんな生き方を地域おこしと定義できないだろうか。

その土地でまだ誰も実現してない夢を叶えて生き生きと暮らす」という、生き方。

たとえば「元湯がある西粟倉」とか

タルマーリーがある智頭町」とかっていうふうに

多くの人が「何これ素敵!」って思えることを事業として実現する人がその土地に一人でもいたら、それだけで西粟倉に/智頭町に行ってみたいというキッカケになりますよね。

電力自給のikkyuがある熊野川町、行ってみてぇ!

素敵なコンポストトイレを作るモーリーに会ってみてぇ!

なーんて人が増えたら結果的に地域おこしってことになるんじゃないの。

だから僕のこの3年間が「地域おこし」だったのかどうかは今後の僕の頑張り次第でジャッジされるってこと。

今はそう思ってくれてる人は少ないだろうけど。頑張ります。頑張って、熊野川町の名前を全国に届けます!

熊野川町には今後住み続けるのか

1年前くらいまでは「協力隊終えたら絶対に引っ越す!」くらいに思ってましたけど、熊野めっちゃ好きになってきました。

だから、しばらくは熊野川町を拠点に暮らしていこうと思います。

理由は単純で、色々と活動しているうちにどんどん顔が繋がってきてみんなの特技が把握できてきた。

そうすると「この仕事はあの人に頼もう」とか、逆に「この人と組んだらこういうことができるんじゃないか」とか想像が広がって、今では「熊野でなんでもできるじゃん」っていう感じがある。

このつながりが僕にとっては宝のように愛おしいのです。

移住は3年くらい経ってからが楽しいのかもしれないなぁ。

 

森の今後の活動について

 

さて、今後のことなのですがとりあえず今は協力隊時代に立ち上げたゲストハウスikkyuとコンポストトイレ製造業を軌道に乗せるべく、2本柱で頑張っていきます。

多動力を発揮してあれやこれやといろんなアイデアが浮かびますが、とりあえずはこの2つの事業で頑張っていこうと思っています。

そして徐々に現場を若い人に任せて、自分は外回りの営業だったり情報発信などに専念し、トイレをたくさん売ったり熊野に人を呼んだりという循環を生み出していきたいなぁ。

これまでが結構アグレッシブに、幅を広げる期間だったから、今後は深度を深めるという期間にしたいなぁという思い。

そういうわけで、引き続き熊野のモーリーをご愛顧いただきますようお願いいたしますー!



好きが高じてトイレを商品化!