アマゾン火災に対して「祈ってる場合かよ!」

こんにちはモーリーです。

ブラジルでのアマゾン森林火災が大変なことになっています。

アマゾンは「地球の肺」と呼ばれ、全世界の酸素の20%をこの森が生産しているそう。その森を我々人類は今失おうとしているのです。

本当に祈るしかない?

タイムラインで流れるアマゾン火災のニュース。多くの人がハッシュタグ「#prayforamazon」をつけてamazonに祈りを飛ばしています。でも、日本にいる我々は本当に「祈りを寄せる」ことしかできないのでしょうか。

僕自身は何もできないし、どういう感情を持つべきかもわからなかったし、祈るしかないなと思っていたんですが。

悶々としていたときに僕のFacebookのタイムラインに「祈ってる場合じゃねぇよ!」という趣旨の書き込みがありました。僕はこの文章に深く共感しました。

ぼんやりと「祈りましょう」は
誰にでも言えるのよ。昭恵でも言える。

アマゾンの空気は、遠すぎて日本の肺まで届いているわけではないとしたら(知らんけど)

まず「日本やアジア」の緑と空気を守ろうよ。
だから基地やカジノなんていらない。
温暖化だのヒートアイランド言うなら、
もっともっと緑地化してくださいよ。

アマゾンへの祈りもいいけど、
あなたが自分のマンションの管理組合とたたかって、
屋上をコンクリじゃなくて
グリーンガーデンにしましょうよ。

それが無理なら、家のベランダを。
家庭菜園を。庭を植物でいっぱいに。
そうしたら「地球の肺」とか、
遠くの誰かに期待や不安や願いを押し付けなくてよくなりませんか?

「当事者」ってだれですか?
それって、私やあなただと思います。
ただただ、みんな関係しています。

『誰かの犠牲の上に利便性を追求するの、もうやめませんか』
って辻村ちひろさんが言ってた。

それ、ブラジルの国民の話じゃない。
私たちは、いろんな方法で
「私たちの肺」を守ることできるでしょ。

日本の、アジアの。
私たちの周りに緑が不足してること。

地球の2割もの酸素を、アマゾンというエリアに押し付けてることを、まず恥ずかしいって考えなきゃいけないのではないかしら。

(以下略)ーオオイシアヤカさんのFacebookより

アマゾンの森が消失した。気候変動がますます進む。何事もないように、祈る…?いやいやいや。祈ったって緑は回復しませんから。その、祈る心があるのなら身近な場所を植物でいっぱいにしましょうよってことなんですよね。できることがないように見えて、実はたくさんあるんですよね。

このアマゾン森林火災に対する動きが遅いのがブラジルのボルソナロ大統領。もっと大々的な対処を!と求める署名にサインするのも、僕らにできることのひとつ。

俳優で現在環境活動に勤しんでいるディカプリオ様は5億3000万円を寄付することを決めたそうです。みんなそれぞれにできることをやればいい。

お金もない、時間もないという人はせめて今使っているスマホやPCのブラウザをecosiaに変えるといいです。45回の検索につき1本の木が植えられます。

地球のために何かしなきゃ、そう思えたのならこれはあなた自身を大きく変える機会です。

車を手放す、電気をオフグリッドにする、太陽熱温水器を導入する…燃えるアマゾンの森から受け取ったメッセージを、あなたなりに実現していくことが本当に重要なことのように思います。祈ってる場合じゃないですね。